引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2016年02月21日

男女の恋愛は性格よりも見た目、顔、体、外見という考え方の補足説明


そもそも顔は
何のために存在するか?

顔は人間という1個体の
内面的真実を推測するための材料
すなわち
性格を審査するための判断材料なり。

顔は何のために存在するか、
そりゃ、性格のためだわさ〜。

できるやつほど
他者の人間的な中身を
顔で推測しているはずだ。

本来の日本人であれば
一瞬で見抜くことが出来たはず。

だが
マズイ学校教育によって

「人間は顔じゃない」とか

「外見だけで人間を判断しちゃイカン」とか、

そういうモノサシこそが
絶対的な真実であるかのような教え方をされる。

これにより
「お人好し日本人大量生産計画」が実行に移されてきた。

このようなモノサシを信じて行動すれば
危険回避の防波堤を放棄する行為と同等なり。

危険は我が身で負担せよジックリ関わって!だと?

無駄なリスクを背負って、
やられるかもしれない危険、、、

そんなものは、
まずもって顔で判断しなければ、
個人的に食い物にされる危険を何ら
攻撃防御方法を持たない段階で無為な感じに
苦々しく背負わされてしまうことになる。

顔で判断するというフィルターを通しなさいということだ。

人間は顔じゃないという考え方では
フィルター無しの粗挽きコーヒーを飲むようなものだ。

インスタントコーヒーと思って
カップに入れて、お湯を注いだら
粉が溶けていないのに気付くなら、まだ良いが、
気付かずに、クチに含んでから気付く人たいへん多し。

しまった、こりゃ、粗挽きの粉だ!
という感じで、後悔して、がっかりする。

このように
関わったら其れでオシマイ
というたぐいの人物たいへん世の中に多し。

けだし
良い奴は、いい顔しているのだ。

演技などで誤魔化されるたぐいの顔ではない。

あなたに利益と安心と
癒しを与える相手というものは
それなりの顔付きをしているが、結局は、
これを理解できる人と理解できない人が
太古の昔から世の中に存在するにすぎない。

顔だけが良くても
カラダがブクブク太っていて気持ち悪ければ
アナタは其の相手を恋愛対象に含めないはずと考えるか?

実は、そうではない。

そもそも
顔が良いという感覚が誤りであった、
要するに、其の顔のリンク先が百貫デブであったことを
顔だけで判断できなかったアナタの修行不足だったわけよ。

アナタの修行が足りなかったために
デブ顔を見抜けなかったに過ぎない。

そもそも
顔を見ただけで
その体型を連想させる顔付きに成っているのが通常なり。

百貫デブは、百貫デブ独特の顔付きをしているものである。

顔を見ただけで、
デブ系の顔付きなり。

今は、そうじゃなくても、
いずれはデブるだろう顔付きも此れに含まれる。

全体のバランスを観察すべきとは言うものの
顔を見ただけで、嫌な奴かどうか、だいたい分かるでしょう。

性格悪そうな奴は
性格の悪そうなワガママ意地悪の
卑怯で生意気な顔付きをしているものである。

しっかりしていない奴は
しっかりしていない顔付きと
しっかりしていない体型を外部に顕現しているわけだ。

どろぼう体質や
詐欺体質や強盗殺人タイプや
強姦殺人タイプに近似する人間を
ズバッと見抜くための教育が不足しているのは、
日本の最大の弱点なり。

そういう教育を
世間では偏見だとか見做し

「顔だけじゃ人間は分からない」とか

「外見で人を判断してはいけない」とか

「人間は顔じゃない」とか

小学校の頃から、
にんげん顔じゃない教育を受けた人は
高い確率で犯罪被害者予備軍に成りやすい。

ニセ情報取得者が将来的に酷い目に遭う。

しかも、ほとんどの場合、
深刻なトラウマを抱え込んだり、
その後の人生設計が狂うこと多く、
不幸を脱出するまでに、数十年かかる。


若い時期の輝きは
50代には、取り戻せない。


体力的にも
日本社会の世間体的にも
高いハードルが求められる50歳以上の恋愛術。

余程の金銭的実力者
アンド
性格的実力者でなければ無理だ。

誤解を招かないように
性格的実力者を説明する。
顔付きが、どうでもよいわけではないので。

この場合、性格的実力者とは、
顔付き的実力者と換言しても差し支えない。

性格と顔が
良さ気に同期している実力者という意味で、
きちんと、
正常な感じでリンクしている顔と性格に留意よろしく。

まあ、
最初から、
金銭と顔と性格の良質性が同義的に結束する実力者、
と書けば良かったのだが、自分だけ理解している感じの
表現形態に成ってしまっていたのを見つけて修正スンマソン。

加えて、
体型やら会話術、その他、
さらに含みますが、詳細は省略。

金銭と顔と性格と体型が
良質的な同義性でリンクしておらねばならぬ。
とくに、50歳以上の人間においては、、、。

そうでなければ、
軽々しい仕方をもってして
50歳と20歳の真面目な恋愛は、成立しない。

不足のまま成立すれば
しっぺ返しを食らうのが世の常なり。

成立はすれど関係維持の段階が到来するなら、
ここにおいて、不足は、いかようにして埋めるか。

恋愛で見栄を張って借金を重ねるなど
其の身ゆるやかに自滅していくパターンは、
まさに此れなり。

あのとき大学受験に失敗していれば
幸福になれたのにという場合も有るわけよ。

不足だらけで
旧帝国大に合格したから
利息付きの奨学金を申し込み
延滞金発生その後の人生が困難だらけ
ダメだこりゃ、という場合も当然に有るわけよ。

若いころに憧れの人と
恋愛成就していなかったからこそ
何故なんだろうと原因究明してセンスアップ、
稼ぐチカラもアップ、
おかげさまで
感覚の鋭い稼げる今の自分が形成されて、
日本人として
たいへんに幸福であると言える場合は多い。

話を戻します。

要するに、後は、顔の是非、
此れを見抜ける人と見抜けない人
(だまされやすい間抜け、担保を取らない無謀人)が
世の中に存在しているだけである、人類の歴史の最初から。


良さそうに見える顔でも
ちょっとした拍子に「般若のお面」
みたいな感じの目つきを醸しだしてくる人間また同じ。

残念!其れさえ無ければ、
私は、猛烈にアタックしていたはずであろうに、、、
という感じでアプローチの機会損失を嘆く御方います。

しかし
そういう片鱗を覗かせてくれて
大変にアリガトウ危険回避できますた、
という感謝の気持ちを持てば良ろし、むしろ感謝。

すなわち
アナタは助かったのだ。

変な相手に引っかからずに済んだわけだ。


投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長

posted by 恋愛ブログ編集長 at 20:18| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする