引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年01月15日

成人した被虐待児の恋愛と結婚と人生

子供を虐待する親は
何を嫌がり何を心配するか、
その親の心理的特徴と
以後の親の人生の行動様式と
成人した子供の人生、
いろいろ考えてみました。

虐待親は、
子どもが精神的にも
肉体的にも金銭的にも
パワーを付けることを極端に嫌がる。
子供が自立しようとするのを極端に嫌がる。

なぜならば、常に
八つ当たり出来る都合の良いおもちゃを
そばに置いておきたいからである。

虐待に関して子供が冷静になって、
「間違っていますよ、お母さんお父さん!」などと
沈着まじめ冷静に筋を通されるのを極端に嫌がるから、
子供に知恵を付けさせないように
教育を受けさせない方向に持って行こうとするし、
なにかマトモなことを子供に言われた場合、
すかさず暴力やネグレクトなどで対抗する。

肉体的に強い格闘家になってもらっては反撃されるから、
反撃されるのを恐れて、
空手教室や柔道教室にも通わせない、
柔道部などにも入らせようとしない、その結果、
家庭内では親に虐待されて、それに加えて、
外での喧嘩も弱い子どもが形成される。

子供は、
何とかして2重人格的にでも、
表裏が激しい嫌な奴になりきってでも、
そして本来は言行一致で正直に行動したいのだが、
付きたくもない嘘を付いてでも、
世の中を上手に渡って生きていこうと必死になる。

生きたい、なんとしてでも生き残りたい、、、。

親に提供されなかった教育やパワーを
自己で埋めながら戦っていくしか無いのだ。

そのためには、卑怯や嘘や二重人格など、
使える手段、残されたゴミ手段を選択してでも頑張る、
それは、自殺しないために、生きるために!

生き残りたいのだ、なぜならば、
自分が自殺したところで虐待マニアの両親は悲しまなくて、
むしろ、
「アハハハハ、あっけなかったな」と声高らかに笑い、
「まあ、いらない子供、邪魔だったから別にかまわない」
という感じで平気なのだ。

自分たちだけ
刺身と寿司とビールを食しながら、
自堕落な生活を送る其の繰り返しだろう。

俺には
缶詰と白米と水が
与えられるという日常の中、
もしも、この俺が自殺した場合、
俺の缶詰と白米と水の費用が無くなって、
経済的に儲かったとしか考えない親どもなのだ。
そんなことは既に気がついている俺。

でも、俺は偉かった!
缶詰なんて貴重品であるし、白米なんて、
昔のお百姓さんが
アワやヒエを食べていたことを考えれば贅沢であり、
水も、サビ臭いけど、水道の水であり、河川の水ではない、
どんなにでも考え方を変えて
自分を励ましていた、さすが俺だ!

ちなみに健康食ブームということで、
成人になってから以降、アワとヒエを
期間限定で出していた風変わりな店があったので、
食べてみたことがあるが、すさまじかった、、、
まずかった、、、人間の食い物ではない、、、汗

じゃあ、俺は小学生の頃に
白米を食べていたなんて、素晴らしいではないか!
しかし、その状態の積み重ねは、子供の精神を蝕んでいく。

無理していると
自分でも分かっているんだよね、
ときどき意味もなくメシ抜きだったし、、、。

子どもの受ける虐待で、経験すれば分かるが、
ツライのは、ネグレクトでも、木刀殴打でも、
素っ裸で冬の野外に放り出されることでもなく、
実は、まったく意味もなくメシを抜かれること、、、
これがイチバンつらい、、、。

素っ裸で冬の野外に放り出されても、
木刀で意味もなくイチャモン付けられて殴られても、
そのあとに、不合理な謝罪を強制されて、
屈辱なんだけど、なぜか「ごめんなさい」と謝罪させられ、
メシにありつけるならば何とか生きていける、、、

しかし、暴虐非道の限りを尽くされて
メシ抜きだったら子供といえども、
あっというまに死を感じる。

メシを与えられて、
生命を持ちこたえているという真面目な認識を持った子供、
それが俺だった。

何とか最低の虐待環境でも
生命を維持させる方向で
生き延びているというサバイバル感覚が鋭敏すぎて、
両親に不合理な暴行を受けた後のメシ抜きの恐ろしさは…、
あの死に直結した感覚は…、いまだに夢のなかで、
うなされて飛び起きることがある、
たぶん、俺は、この状態が、一生つづくのだろう、、、。

だから、俺は、この女を許すことが出来ないし、
この女の父親も母親も親族も皆、許すことができない。

大阪2児餓死事件、下村大介の娘「下村早苗」

この怖さは、
味わった者でなければ分からない、、、
子どもが一番こたえる虐待はメシ抜きであること。

まあ、君たちには、
わからないだろうし、
わからないほうが幸せだし…

いずれは、
そんな育てられ方をした場合、反動が出てくる。

過去に両親にゴミ扱いされて、我慢して我慢して、
自分という子供に、本来的に備わっていたであろう、
マジメで優しく思いやりがあった人格を
無理に最低野郎に変えてでも生きてきた、
そんな自分に反吐が出て、
自分を愛せない人間になり、
パチンコで負けまくるなどの自虐行為を繰り返す。

自分が嫌いだからね、
生きるため、自殺しないためとはいえ、
自己の本心に沿わない精神の矯正と
恥ずべき行動の選択を繰り返してきたわけだから、
精神的には破綻してボロボロであり、
怒りのスイッチも笑いのスイッチも、
世間の大多数の人たちと異なっているのを感じて、
さらに孤独感にさいなまれることになる。

さびしんぼうだから、
「あれ?何で俺だけ
連絡が来なかったんだろう、
みんなに嫌われているのかな?」
というふうに、
たまたま連絡が来なかっただけで
異常に疎外感を感じて不安になるし、
呼ばれたら呼ばれたで、
異常に喜びまくって、ウザイ奴と思われたり、単に会計上、
集金の頭数に計算されて経済上利用されているにも関わらず、
なめられているのに嬉しがったりして
切れるキッカケを失っているなど、
卑怯な奴のターゲットにされたりもする。

こういうタイプの人間が
普通に恋愛して結婚したいなどと
夢みたいなことを考えるから、
さらなる不幸を抱え込むのだと自分に言い聞かせるが、
好みの女性に、
やさしくされると
嬉しさが異常に湧き起こって来て、
「母親の優しさは、ひょっとしたら、こんな感じだろうか?」
とドキドキして、
その女性のために
財産や人生を捧げたいなどと、
過激に重く考えてしまうから、
後で反省して、自己嫌悪、もう困ってしまう。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 03:55| 虐待被害者の恋愛 | 更新情報をチェックする
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