引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2014年01月27日

人の話を聞いてないねと言う馬鹿女

言われる方すなわち受け方が男であれ女であれ
発言者にムカついて馬鹿女と指称するからには理由が有る。

発言者の女性に客観的な非が有る場合、
すなわち
「そもそも、聞く必要ないだろ!このブス!」
というように心の中で男が立腹する場合を想定してみる。

我が立場上において
当然に聞かねばならぬ時に聞いていないのであれば格別、
もし、そうでなければ、
関係性において重大問題になるであろう遺恨を残す言葉なり。

余計な一言特集をコラム化するのも良いかも、、、

「私、さっき、言いましたよね、何で聞いていないんですか?」
という高圧的な勝ち誇ったかの如き余計な一言発言集を編纂しますか、、、

ガイダンスやアナウンスなど
前置きを経過せず複雑な作業手順を
べらべら話し始めてイキナリやってくださいと言う。

手順を解説するのでメモのご用意を!
というアナウンス無しの長い演説だったわけですばい。

「すいません、手順に関してメモを取らせてもらっても良いですか?」
と頼んだら、上記の糞セリフ「私さっき言いましたよね!」を言われた。

「なんで最初からメモを取らなかったんですか!真面目にやってください!」


「何度も同じこと言わせないで!」

「アナタまったく人の話を聞いてないね!」


これに関して少々自分に非が有る場合でさえ
よくよく今後の関係性を熟慮すれば単純有害な叱りつけ言葉であり
何の解決も生み出さない時間の無駄言葉、恨みの感情を発生させる言葉。

ストレス解消がメインの目的でないかと疑われる発言、
お叱り言葉は其の後の生産性に資する効果絶大な所為なのか?
ナメられないため、相手を緊張させておく為の意味合いは有るかもしれぬ。

しかし、人間とは、複雑怪奇な生き物なり。

いざとなったら言われたほうが恨みの感情を持って
仕返しのチャンスをジックリうかがってリベンジしてくるわけよ。

復讐の機会は
「相手を生かすべき善意的な情報」
の遮断でも達成しうるから世の中って怖いわけさ。

若い娘であれ
おばちゃん連中であれ
オッサン連中であれ老若男女問わず
勝手に俺のそばで話している内容を
いちいち聞き耳立てて其の人たちから発せられた一言一句を
漏らさず心に銘記しないのは単純に俺が関係当事者ではないからである。

俺が当事者では有り得ない情報の中身とは
例えば自分のことではなく赤の他人のAさんBさんCさんの出勤日などだ。

「あしたAさんは仕事が休みでBさんCさんは出勤」
という事実的な情報が、
どう考えても俺の休みの日に全く関係なく
全般的な仕事の流れ上も業務連絡的な意味において
俺が知っていなくても仕事でもプライベートでも
全く支障がない場合において、
たまたま其の後、まあ数時間後だとしよう、
Aさんに伝えなければならない用事が生じたと仮定する。

俺は過去の時点では
無関係無関心の通りすがり的な傍観者ではあったが、
あのときは理の当然として「聞き耳オヤジ」になりたくなくて
会話に加わっていなかったわけで、あとになって
「そういえばABC相互に出勤日と休日の会話をしていたはずだ」
というふうに思い出して
Aさんが明日に出勤してくるかどうかを
たまたま目の前に居たBさんに質問したと仮定する。

そのときにBさんが
「人の話を聞いてないね」
等と言ってくるようであれば
Bさんは自意識過剰の馬鹿なのである、
オマエのそばにいるときは、
何でもかんでもキッチリ聞き耳立てて
会話内容を詳細に覚えておかねばならんのかい!
俺をストーカーもどきのキャラに
仕立てあげなければ気が済まないのか、馬鹿かオマエ!

俺が仲間として受け入れられているという可能性は有るものの、
グループ意識が強くて、やりにくい女性は避けるべしということなり。

我の存在が当事者としてガッチリ関係あるならば、
誰にも指図を受けず相手当事者の話を聞くのが我が通常なり。

聞かないのは、傍観者という厳然たる立場のとき、
もしくは、俺には有り得ぬが、他者に散見される徴表として、
彼もしくは彼女の関係当事者意識が薄く相手をなめている時なり。

こりゃあ
ナメられていますな等
そういう時と場合に応じて
「人の話を聞いてないね」というセリフを発しなければ、
かえって言われた方はカチンと来て言った側が痛い目にあう。

しかし、そもそも、「人の話を聞いてないね」
という余計な一言を言ってしまう人間は上司的な権威を
相手に示したいだけの偉ぶるマン傲慢ちゃん類の言動なのだ。

ゆえに、余計な一言を言わずに、
黙って、降格人事のデータとして記録するなり、
密かに多方面で意趣返しをするなど決意して済ませれば良い。

外面上の波風を立てない発言のみをしておれば良い、
間違っても「人の話を聞いてないね」なんぞ言ってはならぬ処世術、
すなわち内心の自由なり、相手に心の中で死刑判決を出せばよいだけのこと。

事実的な情報のみを紳士的に
沈着冷静な態度で相手に伝えればよいだけの話だ、
安寧秩序の確保や処世術の極意や世の中の恐ろしさとは、そういうことである。

「人の話を聞いてないね」というセリフを発して偉ぶることで
歪んだ満足感を達成しなければならぬほどに人生の充実感に飢えているのか?

こういうキチガイを周辺に置かないで
満足しうる環境を整備するために有限の貴重な人生を賢明に生きるべき。

稼いでいるから?
上司だから社長だから?
それだから権力的に相手を従わせるのではなくて
人間的に合う人達を周りに置くことが稼ぐべき理由なり。

そういうことは裕福な人々しか達成できぬ荒業なり。

しかし、上手に批判的なアドバイスを
実行してくれる人物の必要性を捨てず、そこんところ抜かり無し。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 19:31| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする