引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年10月07日

相手が喜ぶことを考えて実行せよ

あなたは恋愛対象の相手が
喜ぶこととは何かを考えていますか。

相手が望むことを単純にしてあげればよい。

女を喜ばせるには男の自己満足的な
サプライズの押し付けであってはならない。

ごぼう天うどんが好きだから、
遊園地が好きだから、一緒に行きましょうと誘っても、
彼女がアナタに気を使って、おつゆが跳ねるウドン嫌いや
遊園地嫌いなどを秘匿していた可能性が有る、ストレスたまる。

ならば、
彼女が何を望んでいるかのマーケティングは、
彼女に本音で語ってもらわねば時間のロスが生じる。

彼女が雨の日に送り迎えを
快適な乗用車でしてもらいたいと望んでいるならば、
単純に、送り迎えしてあげりゃあエエ、其れだけの話だ。

車の免許を持たないし、
もちろん、乗用車も持たなくて、だから、
彼女の希望に沿う行為を実践できずにいる男が居たと仮定しよう。

その場合は、
彼女のために重い腰をあげて、
車の免許を取得して快適な乗用車を購入して
上手に運転して送り迎えしてあげるだけの気力が満ち溢れているか。

そういう方向に向かって努力できるか、
それが彼女に対する好きに関するバロメーターであろう。

別に其処までしてあげたくない
などと考えるならば、彼女に対する思いは、
そんなものなのである、どの程度の熱い思いで
思慕の念あふれかえっているか、情熱の程度や意味、
時間の掛け方や費用その他、アナタの好き加減が判明する。

どうしても此の娘を喜ばせてあげたい
と考えて努力するのが男の甲斐性ではあるが、
当然のことながら、それほどに魅力的な女性なのかどうか、
という恋愛対象の素敵さ加減は重要なポイントに成っている。

くそ女のために頑張りたいと思う男は居ないし、
頑張りたいと思っても、現状が、どうしても車なんて
購入できない生活苦ならば、合わない、車で送り迎えできない、
という不利の側面を有り余る他の魅力でカバー補充できるかを検討する。

もしも、不可能なら、
できないという男の情けなさを見つめ直して、
目の前の女とは価値観が合わないと結論づけてしまっても良いのである。

なぜなら、他にどうしようもない、
よしんば、敢えて女の要望に振り回されて、
挙げ句の果てに惚れた女に別れを切り出されて、
人生の無駄を生じさせることに覚悟を決めてみるのもオツなものか?

心が其れでも構わないと呼応した場合に限って、車を購入すればよい。

余裕のある男とは、
そういうものなんだな、
すなわち、リスクに対応できるからこそ、
乗用車の購入も試してみることが出来る境涯が高い男というわけさ。

男と女が関わる時に
お互いが望むもののレベルの相違に
敏感にならないと齟齬の振れ幅が広がっていくばかり。

男が、この程度の女には、
これぐらいで良いだろうと考えているならば、
その女と関わるのは時間の無駄というのが本当のところ。

人間との関わりでヒマつぶし的な感覚を
ドンドン排除していけば人間は幸福に近づいていくように成っている。

癒しを求める有益な時間を過ごすのと
ヒマつぶしは異なる、そもそも人間は100年ぐらいしか生きられないので、
ボンヤリしている時間なんて無い、すなわち、広大宇宙の時間間隔からすれば、
そもそも人間の世界にヒマなどという概念は存在しないのだ、世間は此れを言わない。

これをほとんどの皆さん自覚していない。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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