引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年07月26日

稼げない男は恋愛でゴマカシを使う

稼げない自己を
総合力という魔法の言葉で補おうとして
他の方向性で魅力を身につける傾向の男の末路。

人間としての部分的なコンプレックス
すなわち例えば稼いでいないというコンプレックスを他で補い
自己の魅力と成すように必死に努力する男は資本主義の使いものにならない。

ややもすれば努力なしに
自己正当化のためのワガママルールを設定してくる不逞の輩も存在する。

離れるべし!そんな奴のルールに合わせねばならぬ法律上の義務は無い。

なぜ肉体改造とかの努力を
稼ぐことに向けないのか、神経の使い場所を誤っている。

努力と工夫によっては同時進行も可能なのに
頭の中は肉体を筋肉モリモリにすることだけに集中させる。

宗教も同じだ。
その宗教をやったから
バリバリ稼げるようになりました、
貧乏人を脱出できましたという人が、やけに少ない。

それは稼いでいない事実から目をそらし
宗教活動という言いわけ領域に逃げているからである。

男に多いタイプだが
「俺は稼いでいないけれど、
中身が詰まっていて、こんなにも尊いのです!」
という別の所で勝負したがるクチだけ男に成り下がる傾向が強いと来ている。

家庭の中で父親が中身もなく稼ぎもない場合に
変なルールを設定し嫁や子供の可能性を潰してしまうのと同じだ。

そんなルールに従っていては
外の世界でイジメラレルから従うわけにはいかない、
これを父親は「親に歯向かうのか!親に向かって反抗するのか!」
とヒステリックになって誤魔化す。

母親はダンナさんが間違っていると分かっているのに
従順に従うお嬢ちゃん体質(子供の事なんて、どうでもよい)だったりする。

実は違う場合も有るだろう、
それは確信犯の場合だ、父母共に分かっているのだ、
このままだと子供が学校で立場が悪くなり沈没していくと理解している。

しかし、世間を甘く考えているから、
どうにかなると目先の快楽と利益らしきものに没頭し、
子供に割を食わせる方向を選択して知らんぷりで平気な残酷性を発揮。

父親が設定した変なルールを変えようとはしない。
子供は武器を持たされずに戦場へ駆り出されるのと同じ。

賢い子供は「保健室登校」「登校拒否」
「学校サボり」「無断欠席」「家出」「引きこもり」など、
自己の生命が殺されない領域を本能行動として自己の状態に応じて上手に選択する。

なんとしてでも生き残りたい自殺なんてしたくないと考える。

しかし、一部の子供たちは、
「保健室登校」も「登校拒否」も「学校サボり」も「引きこもり」も
何も許されずに父親から暴力だけで強制的に生命圧死状態を選択させられる。

大勢の前で恥をかかされて殺されるであろう、
と分かっているのに親に死ぬことを強制される。

さて、いざ、子供が自殺しても、親の悲しみは、偽物だ。

「子供が自殺してメンドクサイ自分は、
なんてカワイソウなんだろう」と自己愛のかたまり。

自分さえ良けりゃ、
それで良いという犠牲心も何も持たない小学生が、
小学生のまま大人に成り、子供大人どうしがセックスして
子供が出来て頭の中身は小学生と同等のままに成長していないわけだ。

このままでは外の世界で戦えなくなると
現場で戦っている子供たちが危機感を持っているのに、
その事実を知りつつ何ら行動しない親は確信犯であって、
将来的に、子供から痛くてツライしっぺ返しを食らうであろう。

ほとんどの親が、我が子の幼い時に、自分ら親が、
いかに我が子に対して非道いことをしてきたか忘れており、
覚えていても、たとえ、思い出したとしても知らないふりをする。

我が身の分が悪くなることを恐れて
子供に対してシラを切り通す犯罪者タイプであることは各国共通だ。

こういう親が
子供に見捨てられるのは自業自得であり、
他者から見たら親子の形成してきた関係など、
内部まで深く窺い見ることは出来るものではない。

誰も他人の親子関係の相克状態を看破できるものではない。

だからこそ、よぼよぼの老人が、
電車内で席に座れなくて苦しんでいたとしても、
席を譲る必要など有り得ないし、もちろん法律上の義務もない。

むしろ見るべきは、
よぼよぼの老人が、移動を要する際に、
わが子から車で送ってもらう選択肢を持っておらず
満員電車で移動しなければならない惨めさ、自業自得なり。

すなわち現在において
我が子から大切に扱われていない、
そういう厳然たる事実、認めねばならぬ現実だろう。

よぼよぼ老人は「一生涯独身で子供なんていませんよ」と言うかもしれない。

じゃあ、老人に成っても、
満員電車などで移動せねばならない我が身の境涯の低さと、
積み重ねてきた我が過去の誤謬をかみしめて自己の過ちに気づくがよい、
自己のレベルの低さを呪うがよい。

自己を呪いたくないのであれば
「満員電車で50分超えて立ちっぱなしでもワシは平気だ!」
という感じで、カクシャク平然ロボット泰然自若サイボーグを
演じきってみればよい、キツイのをやせ我慢すればよい、無理して死ねば良い。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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