引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年07月21日

好きになりすぎる恋愛を避ける?

好きになりすぎると
普段の生活全般が上手く回って行かない不器用な人たちが居る。

しかし、大丈夫なのだ。

よくよく観察すれば、
自分が好きになった相手に振り回されているに過ぎない。

現実に起こっていることの正体を見抜いたならば、
なんだ、相手を振り回して主導権を握りたがるバカ人間なのか、
という感じで、恋愛を終わりの方向に持っていけば良い、恋愛とは、
信頼関係を積み重ねていける相手じゃないと無駄だけが残るものなり。

すべてが良い思い出ですと本気で言えるだろうか?
そんなことが言える人間は今の人生が最高に輝いて
「あの時の自分が居たから今の自分が存在する全てに意味が有る」
というふうに胸を張って言える本物の幸福実践者のみであって、現実は、どうか?

現実の世の中の多くは
辛くて苦しい未だに修行中の身分で
幸福から程遠い場所で辟易している人間が無理矢理にでも
自己正当化して精神状態を便宜上でも安定させようと企んで
辛く悲しい思い出にも良い所が有ったはずだと必死になって探す。

要するに強引な解釈によって
事実や真実をねじ曲げて自分の心を
誤魔化している「いい思い出」変換マニアの集団それが実態なり。

正直に考えて素直に解釈してみなさい、
浪費残骸人生の粗大ごみ的な記憶だけが残る、早目に対処すべし。

恋愛に高い価値を置いているから好きになりすぎる、
結局は動物的な生殖行為を美化するために言葉や装飾品などで
誤魔化しているに過ぎない人間という生き物を早めに見抜くべきだ。

いずれは
此の女も死んでいくという現実に
じゅうぶんに耐えられるだけの安っぽい女
(ほどほどに愛せる女、てきと〜に愛せる女)
のほうが男において救いが有るのかもしれないのだ。

なぜならば、
別れてもコチラは生きていかねばならない、
生き別れも死に別れも、あらゆる別離に関して
乗り越えられるだけの心の準備は今から整えておくべき代物だ。

愛することが執着であれば生きにくい。

しかし、中庸的な到達点は、いずこ。

とことん愛してみたい女は、味わい深く、
歯ごたえが有って、そりゃ、美味いものだろう。

しかし、無くなった場合、
心に大きな穴が開くときの程度が並大抵ではない。

素晴らしい女と死別して
我が愛しすぎていた精神状態が
人間的な幻想恋愛美化を求めることに対して
ウッカリ首肯してしまえば大切な人を失った場合に
後追い自殺が本望だ、しかし、それじゃ、いかんのだ。

ならば、そこそこ軽く愛せる女を選んだ場合は、
何でも軽くて生きていくに都合が良いが、味気ない、
もちろん美味くないわけじゃないが、なぜか物足りない。

なんということだろう、人間世界において、
この恋愛という恐ろしい形式は、処理に困ると来ている。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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