引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年07月06日

結婚しない生き方を選ぶ男女の理由

結婚しない若者が増えてきたらしい。

女性の性器に
興味が無くなってきた男たちは
昔と比べて今のほうが多いと思う。

無修正アダルトサイトで
キレイな性器も見た目が汚い性器も
様々に観察してズバッと分かったことがある。

こりゃあ慣れてくると
彼女や結婚に対する興味が失せてくる、
なぜならば「まあ、似たようなものだ」「まあ、こんなものだ」
「好みの形だ」「まあ許せる」「ちょっと勘弁していただきたい」
という無感動または冷静分析状態が通常だから。

すなわち、慣れは怖い。
求める必要なくなる、なぜなら、十分に知っているから。

知らないと求めたがるのを昔の人は探究心と呼んだ。

さらに、
本物の女性性器というものは、
映像だけでない側面、すなわち、
よほど興味がなければニオイに耐えられない場合も有る。

悪臭がしても君は耐えられるか?
好きな女だったら喜んでナメまわす?
興味がシンシンの中学生男子なら可能だろう。

しかし、慣れてしまった大人ならば、
無理したくないと思うのだから、これ不思議なり。

もう、どうでもよくなるよ、
おそらく、無修正アダルト動画が
世の中に出回ってきたからという理由で
結婚しない男どもが増えたという論説に関して
なんとな〜く根拠は薄いけど或る種の説得力有りと思える。

あとは、
日本に関して言えば、
まだマシかもしれぬが、
子供をこんな汚れた夢も希望も持てない、
地獄の社会に産み落とすのはカワイソウだ、
という親候補の成年男女の切実な悩みが具現化されて
「結婚して子供をマトモに順応させて育てるなんて無理だ」
という考え方が確信にまで変化してしまったのかもしれない。

そんなこと深く考えないで
貧乏なくせに子供たくさん作って
子供にシワ寄せを与えて知らんぷりの親ども、
これを世間ではDQNがDQNを再生産していると言う。

金が無いから結婚しないのか?

じゃあ、戦後から、ずっと
金持ちしか結婚してこなかったのか?

今の時代は、お金持ちでさえ
結婚したがらないのだから、別の要因が存在する。

すなわち、
婚姻制度に価値を見出さない人間が、
しこたま増えてきたということ、さらに、
とりあえず生物的に死なないと分かっている結婚という領域、
そんなところにさえも飛び込んで行けなくなったのは何故なのか?

もちろん、死なないといっても、可能性として、
まあ、感覚的には死ぬ、すなわち、生ける屍の夫になってしまう危険は
確実に有るものの、あくまでも、肉体的な死の問題として言っています。

理由は「知ってしまった」ということに尽きる、
だまされていた、若しくは、先人の積み重ねてきたグダグダ、
すなわち泥沼忍耐結婚生活の不気味や気持ち悪さを学んでしまった。

インターネットで先読みシミュレーションできてしまう、
そのような便利な情報化社会になってしまったからであろう。

どうなるか分からない空間に
飛び込んでいかざるをえない昔とは違う。

それでも、人間だったら何においても
「本当は、やってみないと分からない」のだから、
「実際に相手と結婚してみなければ、どうなるか分からない」
そんなことぐらいは小学校高学年の子供でも理解しているはずだ。

しかし、昔はイメージしにくかったものが、
現在ではインターネット情報をかき集めてイメージしやすくなって、
人々がリスクの把握に敏感になるとともに、実際の具体的現場での
リスク享受の体験記なども無料でドンドン仕入れることが出来るようになった。

インターネットが無かった頃は、
自宅の部屋の中だけで、他人の悲惨な体験記を
ドンドン仕入れることは出来なかった、もしくは困難だったはずだ。

人間は如実に把握できるリスクを
明白にイメージできたときは自己保存本能行動を選択する生き物なのだろう。

今の収入で、
今の世の中の状況で、
結婚したら、あれこれ、
こうだ、子供が出来たら、ああだ、こうだ、
だいたい、こんな感じの人生になってしまう、
という明確なシミュレーションが可能となったネット社会。

情報の洪水の中から
自分に見合う適切な情報を取捨選択してから判断し、
個別具体的にイメージできてしまうようになったから、
希望が持てそうにない結婚生活という世界が目の前に、
しっかり控えているという事実を頭の中だけで完結してしまう。

死ぬ確率が低い領域だというのに、
しかも、やってみなければ分からないはずなのに、
そんな空間にも思い切って飛び込んで行けなくなったのであろう。

しかしながら
ゴルゴ13は臆病であるがゆえに
生き残ることが出来ているなら、
この上記の臆病を笑うことなどできない。

だからといって
インターネットの利便性の功罪の
「罪」の部分を殊更に強調するつもりは、さらさら無い。

これは光と影であって、だから、
失うものがあれば得るものが必ず有って、
インターネット活用者が、凄まじい勢いで
有益情報を活用して自分の将来をイメージしやすくなって、
自己責任で人生を選択するようになったという「幸福の形態の遷移」
が実行されている過渡期にすぎないのであって、これを若者の税金や
若者の労働力などで身を立てている御方たちが焦っているにすぎない。

結婚できない若者においては、
どうなろうと知ったこっちゃない。

そして究極的には、世間が乱れ、
閉塞的な貧困社会が日本に訪れたとしても、
生活保護制度が日本で機能している限り、若者は、
ビクともせずに、たくましく生きて行くのみである。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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