引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年06月15日

恋人から友達に格下げ

格下げなら、まだ良いかもしれぬ。
恋人時代に温泉旅行など楽しいことをしたかもしれない。

むしろ男にとっては
チャンスを与えてもらったのと同等なり、
新しい若い女と出会って新鮮なセックスを堪能できるわけだ。

問題は、まだ、一回もセックスしていない段階から
恋人よりも友達として続けたほうが良いと女性に提案されちゃった場合だ。

もしくは、片思いの男が、
途中で、あきらめてしまい、
むしろ友人関係を望むケース、
なぜならば、極度の寂しがり屋、病的な孤独屋さんならば、
なるべく確率的に別れが無い友達関係のほうが良いからです。

別れが無いという低リスクの関係を求めるのは臆病か?
カワイコちゃんとは、単なる友達(知り合い)で良いから、
嫌われないように、当たりさわりないように振舞って、関係が長く続けば、
カワイコちゃんが結婚しようが子供生まれようが平気であるという考え方。

俺は、そこまで追い詰められているぐらいに最高級の寂しい男、
親に虐待されてきたトラウマが消えない男なのだから、贅沢は求めません。

ほんとうにメールだけの友達という意味で
「メル友さん」になっておけば、もしかして、2人に別れは無いと言える。

20歳年下の若くてキレイな娘さんが、
時々俺を相手してくれれば、俺は微笑ましくて幸せなのだという感覚。

この感覚の是非を考えてみた。

思うに、「非」であることは間違いない。

なぜならば、カワイコちゃんのダンナさんが嫌がるだろう。

次に、何ら生産性がない営みをお互い継続しているだろう。

さらに、
「めんどくせ〜」という感じでカワイコちゃんが、
メールやりとりを、いきなり断絶する可能性が有るだろう。

何で結婚して子どもが出来てからも、
こんなオッサンとメールせねばならんのだ、
という疑問を持つほうがマトモな神経の女性と言える。

だから、俺はリスクを背負うことを恐れてはならず、
勝負どころが到来したら、オールオアナッシングの勝負、
すなわち悉無律の勝負(白黒つける勝負)をせねばならぬのだ。

そのために、選択肢を多く手に入れよ、
という幸福三原則の第一テーゼが存在するわけなのだから。

世の中に此のタイプのカワイコちゃんだけが世界中で
ただ一人だけ存在するという唯一無二性にまで高められた我がコダワリ。

偏執的な思い込みと勘違いと執着性、
他に恋愛対象としての候補という選択肢を持たずに
徐々に了見が狭くなりつつある男は魅力までも減退しつつある。

この生物の正体は余裕を無くしつつあるダサイ坊や。

好みの女は俺においては、世の中で、
あの女のみと考えるから幸福の領域が狭くなって苦しむ。

しかし、現実は残酷かもしれないが、
好みの女なんて出会い続ければ何処までも登場する。

すなわち、
執着の心によって起こる不幸、
これは、見せかけの不幸に過ぎず、
分かりやすく言えば、自己を磨いて魅力的に成って、
仲間由紀恵クラスの女性が次から次へと俺に告白してきたら
間違いなく世界は、豹変する、次から次へと出会う女が、女優レベル、
いいや、そこまでのレベルに達していなくとも、認識は変わってくる。

あっというまにバラ色に変貌するのと同じ事。

若くてキレイで性格が好ましい女性なんぞは
此の世に数万人いや数十万人以上は存在するわけなのだから、
自己の稼ぎ金額パワーアップと魅力をアップしてドンドン若い異性に
アタックすれば良いだけなのである。

此の女しか居ないと考えても、男なんぞは、
若くてキレイな娘と浮気できるチャンスが有れば、どうなるか?

この場合、確率的に、
絶対バレない一過性の関係ならば、
やっちゃうであろうオスという哀しい生き物なのである。

彼女だけが全てなどという幻想に誤魔化されて
男が恋の人生を無駄にしてしまうのは幸福三原則に反している。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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