引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年06月09日

男が大切にしたい彼女とは?

彼女を大事にする彼氏というものが
世の中では常態だと思っていたのだが
どうやら、そうでもないらしい、世間には
釣った魚に餌を与えないなどの搾取男が満載なり。

女は彼氏に大切にされたいと願う生き物なり。

じゃあ、彼氏に限らず
男なら誰でも大切にしたいと考えてしまうような女とは、
どういうタイプのことを言うだろうか、具体的なイメージ像は?

とくに恋愛では稀少価値を求めてナンボ
すなわち彼女が宝物なのには理由が有った。

ダイヤモンドが、あまりにも大量に、
そこらじゅうの道に普通に落ちているのならば、
もはや其れはタダの石である。

どこにでも居そうな女には、
肩肘を張らず接することが出来ますか、なるほど、
安心感を持つことが可能で空気みたいで落ち着くかもしれぬ。

しかし、男たるもの、最初から、安心感を持てそうな、
何処にでも居そうな、ありきたりな娘さんを求めますか?

悪い表現を使うならば
最初から石ころを求めますか?

もちろん、
石ころだと思っていたらダイヤモンドだったり、
石ころを磨いて(男が地殻変動なみに高圧力で加工して)
誰も意識しなかった気にも留めなかった其の他大勢タイプ女すなわち、
なんてことなかった石ころ女をダイヤモンドに変貌させることは出来る。

もんのすごい男の努力が必要なのは言うまでもないが(女の努力もね)

この事態から察するに、
何処にでも、という感じでは居ない希少価値女を
それとなく自然な感じで演出している女性は賢いと言える。

宝が此の世に溢れかえっているならば、
もはや宝の価値は無くなる、この理由は、
稀少価値の意味が払拭されるからに他ならない。

滅多に手に入らない、
めったに付き合えない、
こんな女どこにも居ません、、、
そういう女を見つけた場合、男は、燃える。

男がマジメならば、という限定付きだが。

不まじめなヤリチンは、
石ころと宝の見分けが付くけど、
かたっぱしから手を付けているに過ぎない。

男性がダイヤモンド的な女を見つけて、まさしく、
ダイヤモンドみたいな扱いをすれば男女間に問題は起きない。

しかし、残念なことに、女のほうから、
どんどん、石ころに成りたがる場合が多いし、
男も、ダイヤモンドであってくれと女にお願いするばっかりで、
なぜ、女がダイヤモンドから石ころになりたがっているのかを考慮したり、
自己を反省することをしない。

ダイヤじゃなかったということかもしれないし、
ダイヤなんて高価なものほど取り扱い注意でメンテ注意、すなわち
保存行為を誤った場合ダイヤモンドだって精彩を欠いたりは、するだろう。

女が実質的に持っている希少価値を
上手に自然にアピールすれば賢明な男ほど大切にしたくなる。

賢明な男ほど希少価値に神経を持っていかれる、
なぜなら、賢者は目の付け所が違うし目前に提示された希少価値を
正しく理解できるからこそ「賢明」という称号を身に付けているわけだから。

これは裏を返せば、
女が希少価値を実質的に持っていなくとも
演技派女優に成れば、賢明な男ほど騙されやすいということだ。

賢い人間ほど欲が出た時コロッと詐欺師に騙されるものだ。

人の話を聞かない自己中心的の
野性丸出し直情的無知馬鹿男は詐欺に引っかかりにくいが
女の話をまじめに聞く賢明な男ほど詐欺に引っかかりやすい。

これは、賢者が、
賢明ということの諸刃の剣の部分まで認識しておらず、
光と影の三原則を学んでいないからである、要するに身から出たサビ、
賢明な男が、賢明な自分にあぐらをかいているから生じてくる悲劇なり。

ただし此れをもってして
結局は賢明ではなかったと解釈付けることも可能。

また逆に、
賢明な男と言えど「猿も木から落ちる」と解釈すれば
依然として賢明男なりけり、この場合は、希少価値を演出して
男が大切にしたがるように仕向けるチャンスが演技派女優に存在する。

もちろん演技の仕方がポイント、
「私みたいな希少価値を持った女は何処にも居ませんことよオホホホ」
という腐ったような直球型の猿芝居演技で飛びつく男は賢者にあらず。

もはや賢者でなくて良いから、とにかく、
大切にしてくれる男であれば誰でも良いですか?

ならば其れも亦た良しアナタの人生、
けだし自由自在の自己責任なのだから。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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