引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年05月30日

恋愛中心の人間は生産性を失っていく

仕事中心で生じたプラスを
恋愛方面に注ぎ込んでいる男は稼ぎ中心である。

セックス中心の人生を
好んで生きる恋愛中毒患者は
メインが恋でサブが仕事だから、
これじゃあ、そのうち行き詰まる、
男女の関係は、そのうち、お互いに必ず飽きてくるからだ。

どうやって新鮮さを補充して
相手との信頼関係を構築していくか、
これはアイデアなのだが、
いくらアイデアが豊富に浮かんできても
実践行動実行に移す時にカネがかかる場合が多い、
だから、男が稼いでいなければ話にならないわけである。

相手が、または相手に飽きてきた時の倦怠期は、
豊富な金銭を使用した選択肢の拡大が、もっとも効果的なのだから
イザというマンネリ中だるみの時に備えて金銭を準備している男が勝つ。

これを実行できなければ倦怠期の到来によって、
現在のパートナーとは、やっていけそうもない方向に流れやすく、
別の新鮮な女を探すことで、今までコツコツ築いてきた恋人信頼関係は、
倦怠期という名の悪魔を金銭で買収することに失敗して、またたく間に終了。

こんなはずじゃなかったという気分を持ちつつ
パートナー選び直しを継続する地獄に陥りやすい。

恋愛が長続きしない病気は
倦怠期を乗り越える訓練や努力や工夫を
怠ってきた点に自己反省を求めないからである。

女を人生の中心に置くから稼げなくなる男、
なぜならば、恋愛の究極の到達点はセックスだから、
セックス中心に生きている男は、稼ぐ時間が足りなくなる。

人生で時間を稼ぎとリンクさせていなければ、
オトナなんだから人生運転のためのガソリンは不足していき、
自分という名の車は動かなくなる、ちなみに、言うまでもないが、
車だん吉さんはガソリンなしで動く、本当に、言うまでもないです。

もういちど、
勘違い防止のために、
これは大変に重要なことだから、
この場を借りて説明しておかねばなるまい。
すなわち、
ここで敢えて注釈しておくが、
車だん吉さんはガソリンなしで動く。

さて、話を戻そう。

女に人生の第一義的な価値を見出すからこそ
男という生き物は稼げなくなるし財産を失うのだ。

女性至上主義(または女体崇拝主義)の男の人生は
其の女によってモタラサレル見返りがなくても輝いているのだろうか?

ここで、愛の三原則
(与えることを愛であるという解釈に立脚した場合)を考える。

すると厳密な意味での検討がなされていないから
女によって人生がダメになるという事態が生じることが分かる。

愛の三原則を復習してみる。

(1)与える側が与えられる側より強いこと
愛を与える立場の者の強さを考えます。
そして、愛を与えられる者の立場よりも強いことが重要です。
まずは、相手より自己の立場が思いっきり強いのかを考えましょう。
その上で余裕しゃくしゃくで相手に愛を与えているか?

(2)いざとなったら相手の人生を台無しに出来るだけの強さを持っていること
自分と相手との絡みにおいて相対的に考えましょう。
その強さとは、相手を何らかの解釈において「殺せる」強さなのか考えましょう。
その上で相手を殺さないでいるか?
相手と縁を切れば、相手はダメになっていくだろうと分かっていて、
縁を切らないで繋がりを持っておくのも相手を殺さないでおく類のことです。

(3)最後に、相手に与えることで、自己を殺さないこと。
無理な負担や生命の危機を自己に及ぼすか考えましょう。
生命の余裕を持って与えるのが愛だと思います。
余裕のない場合に与えてしまうのは「愛」ではなく、
「お人好し」「うっかり」「臆病」「気弱」「無謀」
「勘違い」「気の迷い」「酔っていた」「その他」である可能性アリ。

もうちょっと乱暴な言葉で
短くまとめた愛の三原則は以下のような表現になります。

(1)相手に与える方が強い立場である
(2)相手を解釈上殺せるのに殺さない
(3)相手に与えても自分が死なない事(自己の生命が平気)

さらに短くまとめると、
「自分のほうが強くて殺せる相手を殺さず自分も死なない」
ということになります。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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