引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年05月04日

寂しがり屋を克服したい男の恋愛その2

前回からの続き。

物事の本質は以下の話。

俺が最も恐れているのは、
好きな娘と両思いになっても、
ちっとも寂しさが埋められない場合だ。

恋愛対象の相手をイメージしてみて
距離感とか温度差とかを考えてみれば良い。

ぴったり来ない、しっくりこないなら、
今の段階で既に不安を抱えているということだ。

この人と恋愛成就したところで、
心の寂しさは無くならないだろうと
見事に予測できるのに、その予測を持ったまま
現在片思い中の恋愛対象に近い将来アタックするなんて、
自分が、他ならぬ自分によって、
なにか裏切られたような気になるだけだ。

だから現段階において既に心の安全装置が
予言装置を兼ねて動作実行中なのかもしれぬ。

やめておけ、無駄を省け、
今から心が通い合っている相手を選べ、などと、
自然消滅や音信不通の妖精が俺にささやくが、さすがに
絶縁せざるを得ない「自爆行為」を教唆したりはしないw

別にどうなっても良いわい、
と思考できるのが、むしろ余裕である!
とも解釈できるが、それこそ余裕の無さ、
単なる破れかぶれヤケクソ天使に成っているに過ぎない。

「本当の余裕」は、
選択肢の多さなどから生まれる沈着冷静な
戦略的システムに支えられた感情なのであって、
どうでもよいというだけに重きを置いた破れかぶれの
ヤケクソ感情とは峻別すべき類のものだ。

そもそも余裕とは何か?
余裕有る男が女性に好まれるらしいが…。

余裕とは必要な分量以上に余剰が生じて
随意に活用できる状態を身に付けていること。

精神的なものや物質的なものにおいて
最低限必要量を超えて余り有る状態で所有していること。
この余裕分量を他人に分配してあげるのを「愛」と解釈する人も多い。

しかし、愛は気を付けないと、相手を選ばないと、キチガイ乞食が、
全部収奪しようと躍起になるし、彼もしくは彼女が、受け取った愛を
何に使うかと冷静に観察すれば、搾取型の余裕者が設定した罠に引っかかって
ろくでもないことに使用して全部浪費してしまうパターンが多い、スッカラカン。

キチガイ乞食は
再びキチガイ乞食に戻ってしまう
そういう場合が多いから愛を与えるのは要注意。

アンタが愛をくれたから私がダメになった、責任を取れなどと、
やっぱりキチガイだ!と確信してしまうようなことを言ってくる。

どこまでも依存してくるが
コチラがお人よし認定されては、たまったものではない。

ならば、幸福三原則は、
すべてにおいて「余裕」にリンクしていることになる。

1、選択肢を豊富に持つべし
→ よりどりみどり選べる自分は余裕の現れだ

2、エントロピーを減少させよ
→ 余裕が有るから無駄を排除できるし排除したら余裕が出てくる

3、積み重ねることが出来る領域を選べ
→ コツコツ積み重なっていくプラスを見るだけで心に余裕が生じる

寂しがり屋は心の余裕の無さを自己完結エリア以外から、
もらったり奪ったりして不足分を補充しようとする感情を常に持っている状態。

しかし、自己完結エリア(主に自分の生命力を中心基軸として長年にわたり身に付けてきた領域)の外から補充し続けなければならない、これが最大の弱点。

すなわち、自己完結エリアで生産したパワーを、
自己の生命回路に直接補充で循環流通させることが出来ない。

ならば、依存的体質が生まれやすいのは寂しがり屋の危険性であろう。

自己の生命に蓄積されたマイナスエナジーを他人のプラスエナジーにて打ち消し、
欠落の自覚を補充する行為を望む男から恋愛対象にされた女は、たまったもんじゃない。

簡単に言えば
女からパワーをもらって生きようとする男だね。

そういう場合であっても
お互いの利害関係が一致すれば良しとするのは、
あくまでも、彼女側のイニシアティブであろうことよ。

悪くはない、お互いがパワーを出しあって、
パワーの往復受け渡しがあって、お互いが癒される、これは良いこと、
しかしながら、その是非を最終的に決定するのは女性の特権であるということだ。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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