引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年04月19日

愛する人に愛される方法

自分が誰かを愛する時に、
その愛する人から愛されないと
ものすごく悲しくなったりします。

私が小さかった頃の具体例を出します。

小さな小学1年生の私が、言います。

子供:「お母さん好きよ!」

と言っているのに、
怒鳴る感じで、いきなり、
変なことを言われたりします。

母親:「なんか、キサマ、殺すぞ!」

子供:「え???」

母親:「アンタだって、結局は、土地が欲しいんでしょ!」

子供:「何それ?お母さん、どうしたの?」

と質問して、
ポロポロ涙をこぼす、
すると、さらに母親は激昂する。

母親:「なんかキサマ、泣けば済むと思いやがってから!」
母親:「ふざけやがって!勉強せんか、キサマ!殺すぞ!」

子供:「勉強は、毎日、たくさんしてるよ」
子供:「分かっていて、なんで、そんなこと言うの?」

ここらへんは、しゃっくりと涙が止まらず、
途切れ途切れで、言葉を押し出している子供の状況だ。

母親:「なんかキサマ、親に向かってクチゴタエするんか!」
母親:「このクソガキ、親に向かって反抗するんか!あああ!」

そして、母親の気が済むまで、
往復ビンタをビシバシ何回も食らわせられる俺は
もはや、パニック状態で「ごめんなさい」と繰り返すのみ。

もちろん
引きずり回されながら連続ビンタされて
「ごえなさ、ヒック、うい」「ごうえんああさうい、ヒック」
みたいに、しゃっくりが混じって、
マトモな言葉を発していなかったわけだが、、、。

まったく悪くないのに
ゴメンナサイと謝らねばならぬ辛さ、
不条理、矛盾、気持ち悪さ、狂気のバカ親。
ヒステリック女系サイヤ人は必要なかですばい。

このような精神状態が
フラッシュバック現象で突然よみがえる時
いくらカワイコちゃんでもメールの返事が遅ければ
「おまえ、俺は、マトモじゃねえんだから気をつけろ!」
と怒鳴りつつ、女の右目を視力減退するまで殴り続けたくなる。

しかし、
コチラからメールしなければ良いし、
絶対に誘わず外で会わなければ良いし、
あっというまに関係を断絶してあげるのは、
俺の広大無辺な慈悲によるところが大きい(← キチガイ発想)

こういう環境で育てられた俺が社会生活を営む上で
見た目は全て演技、精神の奥底がマトモじゃないのは
想像に難くないでしょうが、私個人の体験記事なんぞは、
このぐらいにしておきましょう、それでは本題に行きます。

愛する人に愛される方法
http://www.h5.dion.ne.jp/~takata/
ここは情報が詰まっていて役に立つと思う。

たとえば、ここのページ
http://www.h5.dion.ne.jp/~takata/00/2.html
たかたまさひろ氏は
「愛されるから幸せ」なのではなく
「幸せだから愛される」と言っている。

これは、かなり、深い言葉であって、
悲しい人生を過去に経験している人間にしか理解出来ないだろう。

ひどい目にあった人間こそが感嘆しうる言葉、
地獄を見てきた人間にはスンナリ理解できる言葉だ。

すなわち幸福への求道心が高い人間ならば、
この言葉が心に響き、
具体的に沸き起こってくる感情が、
本当に自己に相応しいものを探し始める。

自分なりの幸福に関する周辺事情や、
戦略や戦術や現場テクニックを感知する作業が開始される。

たしかに「生きているだけで丸儲け」
「生きている事自体が幸せ」なのだが、
これだと、納得できない人というのが必ず出現する。

感謝の気持ち1つで、
意識のレベルを変えると、
感情をつかさどる生命状態が
正常に作動している場合は素直に納得する。

おお、そうだ!
人間は本来的には

「まあ、生きているんだから、
まだマシだ、幸せなのだな、ありがとう」

「いま生きているということは
多くの者と多くの物に支えられてきた証拠だ」

と気付くことは出来るはず。

それなのに、人間は弱い生き物だから、
ふとしたタイミングで、「でも、何かが違う」と思い始める。

実は、周辺のクソ情報や家族兄弟親戚や
同僚や友人や大勢の他人が干渉をしてくるからだ。

それは、あなたが臭い連中を
切れない環境に置かれているという現実、
すなわち、あなたの清浄なる心に
制約をドンドン押し付けようとする勢力の存在が原因だ。

彼ら彼女らは言う。

「明らかなる証拠としての幸福を
金銭的な価値で表現できなければ負け惜しみの偽幸福だ」

貧乏でアエギつつ稼いでいない状態の人間が
「感謝ゆえに、まだ幸せ」などと言おうものなら
(言わなくても平気なまま生活しているだけで)
攻撃的に暴言を叩きつけて馬鹿にしてくる人を
自分の周りに置いている、もしくは、置かざるを得ない。

これが、ふとしたタイミングで
弱っているアナタの心情を揺さぶってくる。

そして、ときどき負けてアナタは
「たしかに何かが違うかも」と思い始める。

そういう幸せ者攻撃型モラルハラスメントマニア
もしくは、ハッピーマン攻撃型ゴロツキロボットは

「金銭的には、どうなのよ?」

「それが幸せなの?負け惜しみじゃん!」

「私が納得できる幸せのカタチを提出せよ!」

「不幸をごまかす為に
ヘンテコリンな屁理屈に逃げているだけじゃん!」

などなど、外野から、
ヤジを飛ばすことを生きがいにしている。

実は世の中こんな奴ばっかりウジャウジャ存在する。

こういうやつをバッサバッサと切り捨てて、
コチラ側だけ幸せの連鎖構造を形成していかねばならない。

しかし、
気持ちひとつで幸せに成れたとしても、
不逞の輩と命がけの闘争を展開して勝てなければ

「幸せな気持ちの上に眠る者」

「勝負に負けたけれど、
自分らは幸せだと言い張っている勘違い人間」

と決め付けられる。

決め付けられなかったとしても、
これは、厳密なコダワリで冷静に
自己を見つめることが出来るか否か、
もはや、自分のプライドの問題であろう。

いつ捨ててもよいチッポケなプライドだが、
とりあえず持ちましょう、順番としては、まず、
男が持つべきプライドであると私は強く主張する。

物事には順番が有るのだ、順番を守りましょう、
男は、まず、ハングリーであるべきという順番だ。

やはり、自分から見ても幸せ、
他人から見ても幸せ、これが一番良い。

嫁さんと子供と友人が
アナタ独特の幸せの把握方法すなわち

「感謝の気持ちひとつで変わる!
受け止め方によって、すぐに幸せ!」

という内容に全員とも共感するか?

あなたの関わっている大切な人でさえ、
素直に同調することは難しいと言える。

「価値観を押し付けるな!」
と言ってくるなら、未だ話し合いの余地が有る。
だが、もめごとを避けるために表面上は同意し、
その場を取りつくろって事なきを得る要領の良さで、
上手にお茶をにごすのであろうが、
心のなかでは激しく嫌悪して幸福発言者に
汚らしい罵声をあびせかけていたりするものだ。

「稼げないくせに
偉そうな幸福談義の説教を
たれやがって甲斐性なしの父親ごときが!」

だから男、とくに父親は
稼ぐ方向で幸福を求めたほうがよい。

そして、そんな贅沢を要らない、
と感じれば、原点を見る、すなわち、
「人と比較せず感謝の気持ちで、いま生きているだけで幸せ」
という原点に戻れば良いだけのハナシ。

いつでも戻れる、生きてさえいれば簡単だ。

もちろんのことだが、
自分の幸せを過剰にアピールする必要は無い、
これは最大なる注意点だ。

変に絡んでくる嫉妬心のバケモノみたいな連中に
自己の幸せを知らせないのは、
世の中を上手に渡っていくための必須のテクニックであろう。
他人の嫉妬は邪魔なだけ。

もちろん幸せの形は、
人それぞれ違っているし、
幸せの気付き方、幸せの取り扱い方、
幸せになるための方法、細かい攻略手順などなど、
幸せ関連の考え方や思想やテクニックは、
無数に存在すると言ってよい。

そのなかでも、
私が着眼したのは、
幸せになるための方法であった。

「幸福になるための3原則」
さらに縮めて「幸福三原則」と呼称する。

幸福三原則を忠実に守り
幸福の結果を出したときに、
「幸福だから愛される」という状態の自分を
しっかりと我が手に入れているに違いないのだ。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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