引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年04月13日

恋愛と音楽の関係

音楽を聞いて感動しているとき、
その瞬間の自分を愛おしいというか、
良い音楽を聞いて
音色が琴線に響く快適状態の自己の内面状況、
その状況を、
多く存在する性格パターンの中において、
これこそメインの自分のキャラであると感じたときに、
何故か自分のことを好きになれる気がするのだ、
これは大切な感情だと思う。

しばらくして、
主に70年代の音楽ばかりを聴いている事に気が付き、
イカンイカン、感傷にひたっているヒマはないと考える。

早めに切り上げるか、
いいや音楽をこのまま聞いていたいなど、
もっと自己の内面状況の安寧を感じていたほうが良いか、
その調整を図るためのバランス感覚が
難しい件について考えてみた。

音楽なんて長い間、
聞かなくても構わねえよ、みたいな時期があった。

これは何かの物事に追われていたり、
成し遂げるべき資格試験合格のために全てを犠牲にしつつ、
一心不乱に勉強していたときに、
そもそも音楽どころではなかったし、
他のものに熱中していて
全く音楽の重要性を忘れていた状態だった。

恋愛も、
そんな感じだった。

司法試験に合格すりゃあ、
いくらでも出会いなんてあるんだから、
とりあえず合格だけを考えて勉強していれば、
髪型も服装もテレビも映画もマンガも音楽も関係ないよ、
そんなこと、
合格した後から、やりゃあ良いのよ!という感じだった。

だが、しかし、、、
果たして夢破れて、40代半ばのショボイおっさんが、
よぼよぼの両親と同居してるパラサイト状態で、
実の親にメチャクチャ悪口を言われる。

無駄飯食いとか、
寄生虫とか、居候のくせにとか、
甲斐性なしとか、ワルクチ言われて、
ときどき意識が飛んだ状態でポツ〜ンと
ひとり残されている自己の現状を見つめ直した。

恥ずかしくて
知り合いや友人とは絶縁してしまったので、
トモダチはゼロになってしまったが、
これはこれで、とても心地よい。

こんなにも煩わしい人間関係の中に
俺は今まで取り込まれていたのかと思い、
時間というものの大切さを噛みしめ、
インターネットでワクワクしながら、
ネットビジネスでの成功に向けて、着々と前進している。

こういう場合に、
音楽に何かを求めたり、
恋愛対象に希望を求めたりなどして、
日々のモチベーションというか、
幸福をそれでもあきらめないぞ!
と自己を鼓舞するために紆余曲折を経ながらも、
なんとか、恋愛対象の娘さんと、メル友だけのツナギ恋愛。

もちろん、
つないでるかどうか其れなんぞ
一方通行型の俺の思い込みであろうが、
なんとか維持している。

嬉しいことに、
音信不通にならないように
キッチリ配慮してくれているのは向こうのほうだ。

たしかに俺から見たら
メル友として繋いでいるなんて、
「思い込み上等な良い解釈で
お茶を濁している一方通行型のツナギ恋愛」なのだが、
向こうから見たら
単純にオッサンの相手をするボランティア、
もしくは、暇つぶし、もしくは年配者と
コミュニケーションを取るための介護のお勉強かもしれん。

最高に高く見積もって
光り輝く解釈を恐れずに行うならば
「キープすべき男」などなど、
どんなつもりで俺と関わってくれているのかは、
彼女に聞いてみなければ究極的には分からぬ。

混沌という言葉の素晴らしさは、
こういう所に有るのかもしれぬ。

世間では、
自分で自分を愛せない人は
恋愛に向いていないと言われている。

幸福になるためには
自分を好きになることが大切だとも聞いたことがある。

それは、どうしてだろうか?
そのことに関しては、次回に考察してみるとして、
結局のところ
時々は音楽を聴いて
感動している自分を自分で愛することができるなら、
バランスよく日常生活に取り入れて
精神の安定を図ったほうが良いということだろう。

もちろん、
休みの日であるからといって、
常軌を逸した行動、たとえば、
8時間も音楽を聞き続けるというのは、
バランス感覚を欠いた行為であることは言うまでもない。

なぜなら、俺は、
インターネットビジネスで
身を立てることをメインに置いて行動すべき人間だから、
8時間ぶっ続けで音楽に親しんでいる状況は、
まさしく、逃げ以外の何ものでもないからである。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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