引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年04月02日

相手を傷つける言葉を言うべからず

親が子供に、または、彼氏が彼女に、
傷つけることを言ってはならない理由。

お前はダメだ、お前は馬鹿だろ、
オマエに何ができるか、オマエはツマラン、
などなど、心に深く影を落として消えない言葉の暴力
これを平気で親しい間柄になった途端に言う人が居る。
もちろん発言者の親の教育がまずかったのだが。

発言者が命がけで言っているならば、
ひっきょうするに、法律を超えた自己責任
すなわち後で恨まれて殺されてもケッコウ仮面だ
と考えているならば、その自己責任を全うして下さい。

しかし、その覚悟がなければ、
世の中をなめきっているとしか思えない。

言われたほうは、必ず、
そのうち、ヒドイ目に遭ったときに、
なぜ酷い目にあったのかの反省をしても、
意識できない場合が多く、
自己を顧みて原因が不明の場合、
他人のせいにしたり、
自己の外に存する運命のせいにしたり、
時の流れのせいにしたりする。

この場合、現在において
何故ひどい目に遭っているのか、
自分の過去分析を顧みても不明の場合は
精神病を患ったりする。

カルマとしての仕返しが降り掛かってくる場合は
発言者も上記と同じ現象に見舞われる可能性高し。

言われたほうが後で立場を逆転させて
発言者に何らかの巧妙な仕返しをしてくる場合も多い。

例えばの事例。
親にお前は頭が悪いとか馬鹿だなどと罵られて、
しかし負けないぞ、反骨精神を持ち、
ド貧乏なくせにアルバイトで頑張りつつ無理を重ね、
歯を食いしばって地元の一流大学を卒業できたとしても、
その後の人生のほうが長い。

卒業後、
さまざまなトラブルに遭遇し、
時にはキック、時にはパンチ、
パンツが見えても気にするなとは思いつつ、
挫折と復活を繰り返すならまだしも、
なぜか挫折のほうを繰り返す人生を
送り続けている人が居たとしようではないか。

ボロボロになったとき、
親の暴言がよみがえる、
人間は、そのときに、ふっと思うのだ。

お前はダメだ、、、だと?
う〜ん、、、ダメ人間かもしれないな、、、汗

お前は馬鹿だろ、、、だと?
う〜ん、、、馬鹿かもしれないな、、、汗

オマエに何ができるか、、、だと?
う〜ん、、、何も出来ていない、、、汗

オマエはツマラン、、、だと?
う〜ん、、、つまらない人間かもしれん、、、汗

自信を喪失して
パワーが削ぎ落とされる方向へ
引っ張られていきそうになるし、
こういうことを考えて落ち込んでいる事自体が、
既に徐々に自信を失いつつある状態そのものである。

自信を失うことは、
とても危険なのである。
特に判断能力に影響を与えるから、
自信喪失の連鎖構造に陥りやすい。

「自信がないから、やっぱり、変更だ!」
その後、
「ああ、やっぱり、
もとのままで行けば正解だったのに、
失敗した、あのとき変更すべきじゃなかった!」

自信がないから裏目を引いた、、、
じゃあ、今回こそは、もとのままで行こう、、、
しまった、今回こそは、変更したほうが正解だったのだ、
という裏目引きを何回も繰り返して赤字。

もはや何を決断しても、何故か、
うまくいかないことに怯えだして動けなくなっていく。

これはフットワークが重くなるということ。

たとえをイメージしてみよう。
フットワークが軽い生命体は
せまりくる危険から逃れやすいのに、
フットワークを生かさず
生命状態が停滞して動かないならば、
アフリカ大平原の狩猟可能地域では
たやすく狙い撃ちされる可能性が出てくる。

人間でも
フットワークが重くなれば、
避ければ良いのに避けないとか、
危険をそのまま甘受せざるをえない状況を
繰り返さねばならなくなる、動けないのよ。

このことは、
確率的に田舎の道路で
信号無視をして何度も突っ込んでいく、
このことと事態は変わらない似たようなもの。
そのうち必ず生命の危機を迎えるだろう。

フットワークが重くなれば、
どんどん、どんどん、
前向きに生きてみせるという生命のパワーが減退していく。

そのうち、
ひどい目にあわせてくれやがった相手に
是非とも、コッソリ復讐せねば気が収まらない、
という危ない方向に宗教的な思い込みをもってして
突き進んでいく、これが、恨みによる犯行、しかも、
犯人は未だに不明という事例の発生原因のひとつである。

だから、女にセックスが下手などと罵ってはいけない。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 恋愛コラム | 更新情報をチェックする
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