引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年02月16日

恋愛で幸せになるために親を捨てる

恋愛や結婚で幸福に成るために、
こんな所からは抜けださなくてはならない、
それはカルト教団に限ったハナシではない。

虐待家族からは抜け出すべき。
脱出することが希望となるのだ。
そのための努力を怠ってはならない。

話し合いで解決できる親ならば、
そもそも子供を虐待するわけがない。
話し合いなんぞ虐待親に対しては不要!
そのように考えるのが
保険的というか担保的な考え方である。

人生は短いのだ。
人間は100年ぐらいしか生きられないならば、
虐待親との話し合い、
などという無駄な時間を省くべき。

逆に、親が話し合いを
求めてきたら拒否するのが、
一矢報いた復讐方法であって、
さびしく死んでください!という感じだ。

恩知らずを示すのも、
実は、立派な復讐方法である!
人間は、どんなに若い頃に
幸せな瞬間が存在したとしても、
死ぬ直前に
「子供に見捨てられて寂しい」
と思ったら生涯は台無しになるから、
むしろ、そこを狙って復讐してあげるべきなのだ。

話し合いが子供の頃から出来ないから
親はアナタを虐待していたはずである。

論理的に矛盾だらけのワガママDQN親は
子供を黙らせるためなら平気で暴力をふるい、
それを「シツケの一環としてやった」などという、
お決まりの逃げ口上を使って誤魔化しますわよ。

クレーム客に対する、
定型マニュアルみたいな感じなのだね。

聞き飽きた言葉
「シツケの一環」が世間では、
お約束のオマジナイみたいな調子で
虐待親から出てくる。

そういう場合、たいがい、
子どもが死んでいるか、または、
重傷なのに、「しつけの一環」だってさ…汗

それってシツケなんですか?
そして暴力だけに飽きたらず、
意味もなくメシを抜いたりして
子供が苦しがる姿を観察して楽しむのだ。

この際ハッキリ言っておく。
これらが、シツケの一環として実行されたか否か、
それの最終的な決定権を
有するのは、やられた側である!
あなたが自由に決めて良いのである。

虐待をした親は、
「はい!虐待していました!」と認めますか?
絶対に認めませんよw

シツケとしてやられた場合は、
子どもが大人になって、分かるものである。
ああ、あれは、たしかに
シツケだったかもしれないと
納得いくのがシツケだよ。

あれは、ひどすぎた、あそこまで木刀で
ニヤニヤしながら殴りまくるだろうか、、、
これは虐待ね!

わかるはずだよ。
分からない場合は徹底的に
不幸な連鎖構造が開始される。
虐待かシツケか、
わからないまま大人になり結婚して親になり、
自分の子に同じことをするから
虐待の連鎖構造を形成している場合も存在すると思う。

でも、まあ、ほとんどは、
親にやられたことを、
親に実行しようとしても身近じゃないから、
爺さんの孫、すなわち、
自分の子どもが父親の面影を持っていてソックリだと、
よし!まるで、爺さんを虐待しているようで
復讐が楽しいわい、ヒャッハー!!!
みたいなノリで虐待しているのだと思う、
もちろん無意識的にだよ。

隔世遺伝って怖いですね、
爺さんそっくりの子供って、、、
そりゃあ、
父親に虐待されてきた男から発生した子供が、
あのクサレ父親そっくりだったら
とことんイジメ殺しますわいな、、、汗

それから、大切な注意点を述べる。
虐待家族からは抜け出すべき理由が他にも存在する。

まずは通常の事例から話す。
アナタが加害者になって
老人化した親をイジメ殺す可能性があるのだ、
復讐鬼となってしまってね。

復讐の場合は、
たとえ親をイジメ殺してしまっても、
プラマイゼロの感覚が残るから、
まだ良いかもしれない。

単純に復讐してあげました、というに過ぎない。
さらにヒドイ話として、
不測の事態、痛恨の事態に備えるべし。
すなわち予測していなかった事例だね。
あなたが重病に罹患して
親による介護が必要になった場合、
子供の頃の悪夢が蘇るわけだね。

またもや、アナタ、虐待されますよ。

なぜならば、虐待親というものは、
常に自分よりも弱い立場の家族を探す、
もしくは、わざわざ作って、自己の傲慢と
堕落のままに現状を狂信的に自己肯定して
相手を低めて自分を高める心の確認作業を
実行しようとするから、
あなたの立場が少しでも弱くなれば、
「また、虐待できるかもしれない」と
ワクワク気分で狙ってくる性質の者どもだから!

だからアナタは
今のうちに決めておくべきですぞ。

許すなら許す!
許さないなら許さない!
徹底的に決めなさい!
中途半端がイチバン良くない!

中庸や混沌を、
親子関係に用いることが出来るのは、
20歳までなのである。

20歳を超えたら、
刑法や民法を駆使して、戦うべし!
家庭裁判所で争うとしても、
とことん争って、相手を疲弊させるべし!

なぜならば、なぜ、そこまで、するのか?
という部分がクローズアップされていないからね!

本質はどこにあるのか?
どんだけ親に間違った育てられ方をしたのか、
どんだけ被害者なのか、
どんだけ酷い目に遭ってきたのか、
というハナシが本質なのだから。

なぜ、そこまでするか?というハナシですばい。

やられたほうが、またもや、やられて、
どうすんのよ、というハナシですばい。

アンタの人生、
やられまくりで、いいんかい、
たかじんのそこまでヤラれて委員会。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 10:00| 虐待被害者の恋愛 | 更新情報をチェックする
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