引っ越すことで恋愛関係をリセットする場合

2012年01月28日

恋愛で重い男と女、その本質的意味その1

アダルトチルドレンは
可能性として恋愛依存症である傾向アリ。
そして、依存症と言えるからには重い恋愛、
ということになるのだろう。

なぜか重いイメージというだけで、
その重い恋愛の意味をよく吟味しないまま
「重い」という感覚だけで危険を察知して
ヘビー級の恋愛を避けようとする若者たち、
さらには何も最近のヤングに限らずとも、
おそらくは、老若男女に渡って沢山居ます。

とりあえず、若者を見ます、
お年寄りは此処では省きます。

若いからこそ
何にでも首を突っ込む、
何でもチャレンジしてみる、
という時代では無くなって来ました。

現代の若者は賢くなっています、
無駄を省いて時間を大切にしつつ
倹約的、節約的、ぜひ公務員に成りたいなど、
地道に生きようとする感覚が特に賢くなっています。

もちろん良いことかもしれません、
感覚を邪魔するのが腐れ惑わし情報、
自己とリンクしていないかもしれない誘惑的な情報
すなわち扇情的な理屈、扇動、
見事な理由付けや美しい小理屈の数々。

良い結果を出していない人間ほど
「理由」や「理論」を求めたがります。

良い結果を出している人間は
直感で、まずスピードアップ的に行動して、
理由なんて後から付いてきます、というか、
見事に整合性をおもんぱかって、
理由なんて後付けしているのがほとんどです。

いちいち理由を知っておく絶対的な必要性など無い。
これは重い恋愛に関しても言える話です、
なぜ重い恋愛は避けるべきかの理由、
そんな理由なんて必要ないかもしれません。

直感的で動物的な
危険回避能力を発揮して
「重い恋愛には近づかない!」
という感覚で乗り切ってきた御方
すなわち
生命力が強くて回避行動を適切に取って
世の中で成功してきた人には「その回避」
けだし光り輝く価値を有する人生の処方箋なり、
これ即ち、生きていくための武器でありましょう。

事前に危険を察知して
見事に実行しているわけだから
充分、是認するに値する行為です。

この事自体は、
意味が分からずとも、
とにかく危険だ、なんとなく嫌だ、
という我が直感を信じて生きてきた、
自分の感覚や感性を信じて行動するのが
自己責任の一環でしょう、
意味なんて相手に説明する必要は無くて
法律の範囲内ならば、意味を説明する義務や
理由を説明する義務なんてないのです。

それを強要するならば
強要罪であると警告して
110番通報すなわち警察に通報しましょう。

思うに、重い恋愛の正体イコール、
自分に自信が無いものだからこそ、
捨てられる危険を肌身で感じ取り、
逃すものか別れないぞコノヤロウ、
という意識を被害妄想的に持って、
恋愛依存症的に重くなってしまう、
自信なく何も出来ない其の割には、
多くのことを相手に求めすぎるから
「おまえナンボのもんやねん!」
というふうに恋人から嫌がられるわけです。

このようにして、一般的に、
重い恋愛は世間では疎ましがられる。

なぜ恋愛は
重くなくて軽く有るべきか?
恋愛が重いと避けられるのはナゼか?

この続きを次回に記事として書く予定だ。

投稿者:桃李寿賀里

監修者:恋愛ブログ編集長
posted by 恋愛ブログ編集長 at 15:10| 愛の三原則 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。